Mitsuhiro Hashimoto-Profile

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研究目的

胎仔脳の脳室帯(VZ)から、多種多様な神経細胞は生まれてくる。 脳室帯から生まれてくる神経細胞が、将来どのような神経細胞になるかという運命は、神経細胞が生まれる時期(神経細胞の誕生日)によって規定されていると考えられている。 しかしながら、神経細胞の運命獲得の分子機構は未だ解明されていない。 もし、同じ誕生日を有する神経細胞群を選択的に操作し、その性質を明らかにすることができるならば、より明確に神経発生の分子機構を解明することができるであろう。しかし、今までの技術では、同じ誕生日を有する神経細胞群を選択的に操作することが不可能であった。 私たちは、非増殖型アデノウイルスベクターを用いることによって、この技術的不可能を克服可能であることを示した。 興味深いことに、 アデノウイルスベクターは、神経細胞の誕生日依存的に外来性遺伝子を導入することができる。私たちの研究室では、アデノウイルスベクターを用い、同じ誕生日を有する神経細胞群を遺伝的に操作することによって、それら神経細胞群の性質と機能を明らかにしようと試みている。また、このような研究を進めることによって、より高次な脳の構造形成過程や高次脳機能の分子機構を理解できると考えている。高次脳構造ならびに高次脳機能に関し、私たちは特に小脳の領域化に興味を持っている。 小脳は縦縞状の区画に領域化されており、小脳の縦縞状の領域は身体の動きの制御や小脳における学習と記憶に深く関与していることが報告されている。 しかし、小脳における縦縞状の領域形成過程とその分子機構は今まで不明であった。 これらの疑問を解明するため、私たちは、アデノウイルスベクター・分子生物学・生化学・解剖学・生理学の技術を用いて小脳の領域化・その分子機構・その生理機能を研究している。

1.アデノウイルスベクターを用いた神経細胞の誕生日依存的遺伝子導入

(図1) 胎生12.5日目でLacZを発現するアデノウイルスベクターに感染した神経細胞は、大脳皮質の内側の層(第V層)へ移動し、胎生14.5日目でLacZを発現するアデノウイルスベクターに感染した神経細胞は、大脳皮質の外側の層(第II・III層)へ移動する。
私たちは、非増殖性アデノウイルスベクターが神経細胞の誕生日依存的に遺伝子を導入できることを明らかにした。 胎生12.5、13.5、そして14.5日目のマウス胎仔の中脳脳室へアデノウイルスベクターを注入した場合、アデノウイルスベクターは同じ誕生日を有する神経細胞群に外来性遺伝子を導入し、アデノウイルスベクターに感染した神経細胞は、注入した時期に従って大脳皮質内においてインサイドーアウト・パターンを形成する(図1)。 アデノウイルスベクターを用いれば、同じ誕生日を有する神経細胞群へ個別に遺伝子を導入することができ、同じ誕生日を有する神経細胞群の性質を調べることが可能となる。
アデノウイルスベクターを用いた、マウス胎仔脳への遺伝子導入には、以下の7つの特徴がある:
(1) 脳室に注入されたアデノウイルスベクターは、脳室内全体に広がり、脳室帯で有糸分裂している神経幹細胞に感染する。
(2) アデノウイルスベクターは、脳室内へ注入後2時間以内に脳室帯の細胞へ感染し始め、その感染は注入後4時間で終了する。
(3) アデノウイルスベクターの感染は、脳室帯に存在する神経幹細胞の細胞周期を止めることはない。
(4) アデノウイルスベクターは、神経細胞の誕生日依存的に外来性遺伝子を導入することができる。
(5) アデノウイルスベクターの感染後、ウイルスのゲノムDNAは効率的に細胞の核に移行されるが、ウイルスのゲノムDNAが細胞の染色体DNAへ組み込まれることはほとんどない。
(6) 遺伝子発現の効率は、アデノウイルスベクター上のプロモータ領域の活性に依存する。 そのため、アデノウイルスベクター由来の遺伝子産物を検出できるまでに多少時間がかかる。
(7) アデノウイルスベクターによって神経細胞へ導入された遺伝子は、胎仔から成体になるまで発現し続ける。

2.小脳領域化の分子メカニズム

図2)同じ誕生日を有するプルキンエ細胞群で規定される小脳縦縞状領域 マウス胎生10.5日、11.5日、12.5日胚にウイルスを注入し、胎生18.5日で固定・LacZ染色を行ったところ、それぞれの小脳における縦縞状区画は異なるパターンを示した(図3)。その結果、すべての縦縞状区画の形成時期は、プルキンエ細胞の誕生日と対応づける事ができ、また、プルキンエ細胞の誕生日特異的に形成される小脳縦縞状領域は、互いに相補的である事が判明した(図3)。また、プルキンエ細胞の誕生日によって規定される小脳縦縞状領域は、胎生期より成体になるまでそのパターンを変化させることがない。
多くの解剖学的・生理学的・分子生物学的研究によって、小脳は、正中線を軸にして内側から外側方向へ、左右対称の縦縞状の領域化[mediolateral (M-L) clusters]されていることが示唆され、小脳の縦縞状の区画は、小脳における機能区分と考えられ、小脳の神経回路網の形成と小脳の機能の発現における基礎的構造単位であると考えられるようになった。近年、分子生物学の発達により、多くの分子が小脳で縦縞状に発現していることが明らかとなった。マウス小脳において、最も早い領域化は、胎生14.5日に観察できる。小脳プルキンエ細胞のマーカー遺伝子であるL7/pcp2遺伝子は、胎生15.5日胚から縦縞状の領域発現を示し、また、ショウジョウバエのsegment polarity genes(ショウジョウバエの節形成を制御する遺伝子群)のほ乳類相同遺伝子であるengrailed (En)-1、 En-2、 Pax-2そしてWnt-7Bは、胎生15.5日胚から17.5日胚の間に縦縞状の領域発現を示す。胎生期において縦縞状の領域を形成するマーカー遺伝子群は、出生後1週間以内にその縦縞状の発現を消失する。それと取って代わるように、別の遺伝子群が縦縞状の領域発現を形成しはじめる。例えば、プルキンエ細胞に発現するzeblin I/IIタンパク質は、胎生期に縦縞状の発現を示すマーカー群とは異なるパターンで縦縞状に小脳を領域化する。以上の研究結果から、小脳の縦縞状領域化は、分子レベルで制御されていることが示唆された。多くの科学者が、小脳の機能発現において、小脳の縦縞状領域化が非常に重要であることを認めているにもかかわらず、いつ、どうのようにして小脳の縦縞状の領域化が確立されるかは、証明されていなかった。
 プルキンエ細胞は、第4脳室に面した脳室帯より発生してくる。私たちは、小脳の縦縞状領域化を解明するために、アデノウイルスベクターを用いて、第4脳室に面した脳室帯への遺伝子導入を試みた。この方法を用いると、トリチウム・チミジンやBrdU同様、神経細胞の誕生日特異的に、神経細胞へ遺伝子を導入することができる(つまり、ウイルスを注入した日と、ウイルスが感染した神経細胞の誕生日が一致する)。マウス胎生10.5日、11.5日、12.5日胚の中脳脳室へ、核移行シグナルを付加したLacZ遺伝子を発現するアデノウイルスベクターを注入したところ、LacZ遺伝子でラベルされた細胞は、小脳プルキンエ細胞に発生・分化することが判明した。さらに興味深いことに、ラベルされたプルキンエ細胞は、それぞれの誕生日特異的に、それぞれ異なるパターンの縦縞状区分を形成する(図2)。胎生11.5日胚にウイルスを注入し、出生後20日で固定・LacZ染色を行った場合、5つのLacZ陰性の縦縞状区画(図2 -A, Bの矢頭)が観察できる。一方、胎生12.5日胚にウイルスを注入し、出生後20日で固定・LacZ染色を行った場合、3つのLacZ陽性の縦縞状区画(図2-C, D)が観察できる。ウイルスを注入する時期(つまり、プルキンエ細胞の誕生日)が1日異なるだけで、縦縞状の領域は、明らかに異なるパターンを示す。胎生13.5日以降にウイルスを注入した場合、このような縦縞状の領域は観察できない(図2-E)。

(図3) 小脳の領域化の分子機構を調べるため、En-2、Wnt-7B、およびL7/pcp2の遺伝子に対するホールマウント・in situ ハイブリダイゼーション(図4)ならびに、抗EphA4抗体で免疫組織学(図5)を行い、胎生18.5日目の小脳におけるEn-2、Wnt-7B、L7/pcp2、およびEphA4発現パターンとプルキンエ細胞の誕生日で規定される小脳縦縞状領域とを比較した(図6)。 その結果、En-2、Wnt-7B、L7/pcp2、およびEphA4は、プルキンエ細胞の誕生日で規定される小脳縦縞状領域のパターンに従い発現していることが判明した。 これは、プルキンエ細胞の誕生日が密接に小脳の領域化と関連し、小脳縦縞状領域の位置情報を定義していることを示唆している。 私たちは、プルキンエ細胞の誕生日が小脳の高次構造ならびに高次機能を現す上で重要な要素であると考えている。

(図4)

(図5)

(図6) 私たちは小脳の領域化に関し、以下のことを明らかにした: (1) 小脳プルキンエ細胞による、小脳の領域化は、プルキンエ細胞の発生する時期(胎生10.5日から胎生12.5日の間のプルキンエ細胞の誕生日)に、すでに運命づけられている。 (2) 縦縞状領域のパターンはプルキンエ細胞の誕生日によって規定されている。 (3) 小脳プルキンエ細胞の誕生日によって規定される縦縞状領域のパターンは、胎生期から成体期まで維持される。 (4) 小脳プルキンエ細胞の誕生日が規定する縦縞状の領域と、En-2、Wnt-7B、L7/pcp2、およびEphA4の発現領域には相関関係がある。


(図7)小脳プルキンエ細胞の誕生日によって規定される小脳内の領域の模式図(マウス胎生18.5日において、小脳の敗訴区側から見たもの)。マウス胎生10.5日(B)、11.5日(C)、12.5日(D)生まれのプルキンエ細胞が、マウス胎生18.5日で小脳内に形成する領域を、模式図と実際の写真で示してある。

3.小脳プルキンエ細胞によって小脳内に形成される縦縞状の領域は、小脳内に形成される神経回路網形成と密接に関連している。(作成中)

上記のように、小脳内には、縦縞状の領域が形成されており、その形成は、小脳プルキンエ細胞の誕生日によって厳密に制御されていることを明らかにした。しかし、小脳プルキンエ細胞の誕生日に従って小脳内に形成される縦縞状の領域は、生物学的にいったい何をコードしているのであろうか。それを解明すべく、小脳プルキンエ細胞の誕生日によって形成される縦縞状領域と、下オリーブ核からの神経投射(登上線維、olivocerebellar projection)を比較した。その結果、小脳プルキンエ細胞の誕生日によって規定される縦縞上の領域と、下オリーブ核からの神経投射によって形成される縦縞状の領域に非常に高い相関関係を見いだした。


4.EphA4は、下オリーブ核から小脳への投射に関与し、プルキンエ細胞による縦縞状領域形成に関与しない。(作成中)


研究手法 (工事中です。徐々にプロトコールを公開していきます。)

LinkIconアデノウイルスベクター

  • 当研究室で作製したアデノウイルスベクター作製用コスミドベクターは、理研 DNA BANKへ寄託。


  • アデノウイルスベクターに磁性を持たせ、ウイルス粒子を磁力によって引き寄せることによって、アデノウイルスベクターによる遺伝子導入に指向性を持たせる技術LinkIcon論文
  • レトロウイルスベクター作製
  • アデノ随伴ウイルスベクター作製
  • レンチウイルスベクター(FIV)作製


LinkIcon子宮外手術法

  • 子宮外手術法(exo utero) (手技を撮影したビデオ有り)
  • 子宮内注入(in utero)


LinkIcon分子生物学的手法

  • ほぼすべて
  • in utero エレクトロポレーション


LinkIcon生化学的手法

  • タンパク質のカラム精製
  • バイオアッセイ
  • ウェスタン


LinkIcon解剖学的手法

  • 下オリーブ核へのアンテログレード・トレーサーの局所注入による、小脳・登上線維の可視化LinkIcon論文
  • 各種トレーサー注入による、神経回路の解析 論文
  • アデノウイルスベクターを用いた、神経回路トレース法LinkIcon論文
  • 順行性・逆行性ラベルするアデノ随伴ウイルスベクターを用いた、神経回路の可視化 論文
  • 凍結連続切片(クライオスタット・クライオミクロトーム)
  • パラフィン切片


LinkIcon生理学的手法

  • オプトジェネティクス用、小型光刺激装置
  • オペアンプを使用した、ヘッドアンプの作製、フィルター作製等、電子工作
  • PICを用いた、研究・実験機器作製
  • マルチチャンネル・レコーディング(Neuralynx)
  • シングルユニットレコーディング
  • ウルトラソニック・ボーカリゼーション(ultrasonic vocalization)の計測・解析
  • 動物の行動を長期ビデオ録画・解析(Any-Maze)
  • EEG EMG
  • LabView
  • MatLab


イメージング

  • ImageJ
  • FluoroRender
  • FreeD
  • OpenCV3
  • MatLab


最近学び始めた技術

  • OpenCV3
  • mbed
  • C言語


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